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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)1855号 判決

原告

小林義生

原告

権田都紀

被告

名古屋市個人タクシー協同組合

右代表者

松田清

右訴訟代理人

長谷川弘

同(但し、昭和五二年(ワ)第一三一四号事件、

昭和五六年(ワ)第二二六四号事件については長谷川弘訴訟復代理人)

鬼頭進

主文

原告両名の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告両名

昭和五二年五月二四日開催の被告通常総会(総代会)においてなされた原告両名を除名する旨の決議の無効であることを確認する。

被告は原告小林義生に対し金七一五万円、原告権田都紀に対して金七一六万五、〇〇〇円並びに右各金員に対する被告への訴状(昭和五四年(ワ)第一八五五号事件)送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに金銭支払請求部分につき仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二  当事者双方の事実の主張

一  原告両名の請求原因

1  被告は一般乗用旅客運送事業(個人タクシー)の免許を受けている者を組合員とし、組合員のために必要な共同事業を行い、もつて組合員の自主的な経済活動を促進し、かつその経済的地位の向上を図ることを目的として、中小企業等協同組合法(以下組合法という)によつて設立された協同組合であり、現在その組合員は一、三三七名である。原告小林は、昭和三八年一〇月一六日、同権田は昭和四一年一一月それぞれ陸運局から右個人タクシーの免許をうけ、そのころより被告組合に加入して旅客運送事業を営んでいる。

2  被告は、昭和五二年五月二四日熱田神宮文化殿において第一七回通常総会(第一〇回総代会)を開催し、原告小林、同権田を被告組合から除名する旨の決議をした。〈以下、省略〉

理由

一請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被告の主張する原告両名に対する除名事由の存否について検討する。

1  原告両名の通常総会決議一部無効確認訴訟の提起について

(一)  原告両名が、昭和五一年八月九日名古屋地方裁判所へ被告を相手取って通常総会決議無効確認の訴を提起したこと、この訴が、昭和五一年五月二一日及び六月二四日になされた被告組合の第一六回通常総会における役員の選任決議が定款に違反し無効であると主張したものであること、原告両名が右訴を同年一〇月一二日に取下げたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によると次の事実が認められる。

昭和五一年七月一九日名古屋地方裁判所において、被告の組合員富田岩吉を被告とする交通事故に伴なう損害賠償訴訟の第二回口頭弁論が開かれた。ところで、被告には交通事故を起した場合の共済制度として事故共済保険があり、事故共済部に加入している組合員が加害者となつた交通事故においては、組合員に代つて被告が弁償金の給付等を行うことになつていたことから、前記訴訟の和解手続に被告も事実上参加し、右期日において担当裁判官の和解勧告に対し、被告の松田代表理事が「自分は選挙によつて正当に選出された理事長であるが、和解します」と即答した。しかし、原告両名は、代表理事も理事会の一構成員であるから理事会にはかつて和解に応ずるか否かの態度を決めるべきもので即答すべきものではないと考えたことや、かねて被告組合事故共済部の経理のあり方に疑念を抱いていたことから、このまま和解がすすめられたのでは組合員の意向に沿わない和解が代表理事の手によつて行われ、年間金二万円の分担金を納めている共済部員の利益を害することになりかねないと危惧し、これを未然に抑えるには、被告組合の代表理事の地位の正当性を争うことが手取り早いとして前記訴訟を提起したものである。

しかし、原告両名の提起した訴の請求原因として掲げた事実は大略「総代会で選ぶべき理事の選出を総代会以外のところで票割りをして票割どおりに議決したもので無効である」というもので、法律構成も不充分であつたことから、裁判所に釈明を求められてもこれに応ずることができず、さらに被告の水野総務部長の勧めもあつて、前記当事者間に争いがないようにこれを取下げたものである。

2  原告小林の民事訴訟補助参加について

(一)  原告小林が、昭和五一年七月一四日被告主張の訴訟に補助参加し、その後同年九月一四日これを取下げたことは当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によると以下の事実が認められる。

原告小林が補助参加した訴訟は、前記富田岩吉の惹起した交通事故に伴なう損害賠償訴訟であるが、右富田が事故共済部員であつたことから、被告は右訴訟の当初からその成行きに関心を抱き、昭和五一年七月五日の事故共済部委員会において、これを和解の方向で解決することを多数決で確認した。原告小林は同委員である原告権田からこの話をきき、被告のこのような態度は事故共済部各委員の意向を充分徴したうえでのものではないし、和解の内容如何によつては自分を含め共済分担金を支払つている共済部員の利益を害するうえ、被告が富田岩吉との間で訴訟の結果如何によつては、一定の限度で富田に自己負担を求めていたことから、被告のこのような対応にも問題があると考えた。そこで右富田に働きかけて同原告が富田の補助参加人となることの了解を得る一方、富田の訴訟代理人であつた長谷川弘弁護士からもあえてそれには反対しないとの意思を確認のうえ、裁判所に対し補助参加の申出をしたものである。しかし、昭和五一年七月一九日の第二回口頭弁論期日において、富田が裁判官に対し和解勧告に応ずる旨を答えたことから、原告小林は富田が和解に応ずる意思を表明したことは、同人が事故共済部からの給付をうけないで、自ら和解金を負担する意思であり、そうであるならば補助参加の必要がないと判断したことや、事故共済部の委員らからその取下方を強く求められたことから、前記双方間に争いがないようにこれを取下げたものである。なお、右訴訟は、原告小林の補助参加取下後の昭和五一年一二月一日に裁判上の和解が成立して終了した。

3  原告権田の事故共済委員会での不正発言について

(一)  同原告が昭和五一年八月五日の事故共済委員会において組合員富田岩吉の交通事故損害賠償の処理に関し不正があると発言したことは当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によると以下の事実が認められる。

原告権田は、昭和五〇年五月から同五二年四月ころ迄の間被告の事故共済部の委員をつとめたが、前記富田岩吉の損害賠償訴訟の第一回口頭弁論期日後である昭和五一年七月五日に開催された事故共済委員会において、右民事訴訟が係属中であること、その第一回口頭弁論期日には富田の代理人として長谷川弘弁護士が出頭し、同期日において当事者双方が和解の意向をもつていることが表明されたことを知らされ、又、理事者側より、労災保険から求償があるかもしれないので、早急に和解で解決するのが得策である旨の説明がされた。しかし、原告権田としては、事前に各委員の承諾もえないで長谷川弁護士に訴訟委任し、被告が事実上右訴訟に関与して一方的に和解で解決しようとする被告の姿勢は組合員の意思に沿うものではないとして、早急に和解に応ずることに反対し、さらに事実関係を調査するべきであると主張した。そして、右委員会の暫く後に名古屋東労働基準監督署などへ出向き、市川文也調査官らに会つてその間の事情を尋ねた結果、右事故の被害者に労災保険が適用されたか否かは直ぐには明確にならなかつたが、既に被告から被害者の粕谷に対し金一六四万三八四一円の休業補償金が支払われた他、金二五七万円余が労災保険の名目で被告から支払われたとの話をきいた。しかし、原告権田は、右の支払の一部が同人の事故共済委員在任中になされているにも拘らず、そのような報告を全くうけていなかつたし、前記長谷川弁護士への訴訟委任に際して支払われた着手金についてもこれを承認した覚えがないことから、事故共済部の経理に不審の念を深め、そこで前記当事者間に争いのないように、昭和五一年八月五日の前記委員会で「不正あり」との発言をしたものであり、さらに、不正発言につづいて不正の内容について発言し説明しようとしたが、周囲がこれを幇ずる雰囲気であつたため、具体的内容については述べなかつた。

三右の認定事実に基づき原告両名に対する除名決議の当否について検討する。

そこで、先ず原告両名が前記認定の通常総会決議一部無効確認訴訟を提起した点であるが

1  〈証拠〉によれば、被告組合の定款では組合員の除名事由をその一三条に列挙しているところ、被告は原告両名が被告組合を相手取り前記訴訟を提起したことにより同条三号、五号の「本組合の事業を妨げ、また妨げようとした」「犯罪その他信用を失う行為をした」組合員に該ると主張する。

そして、原告両名が右訴を提起した事情及びこれを取下げた経緯は先に認定のとおりであるところ、〈証拠〉によると、そもそも、被告代表理事松田が昭和五一年七月一九日の名古屋地裁における口頭弁論期日において裁判所に対し和解に応ずる旨を答えたのは、これに先立つ同月五日の事故共済委員会において富田岩吉の訴訟については和解の方向で解決することが多数決で確認され、さらに同月八日の理事会で全員一致により同様の確認がされたことによるものであり、また、同代表理事が「自分は正当に選出された理事」であると述べたのは補助参加人として同期日に出頭していた原告小林が和解勧告に応ずることに疑問を投げかける態度をとつたことによるものであつたと認められる。

こうしてみると、右期日において、被告代表理事の裁判所に対する応答には格別問題とすべき点は見あたらないのに対し、組合執行部の正式機関で和解の方向が確認されており、しかも、前記原告両名本人尋問の結果から事故共済部での右確認の事実を知つていたと認められる原告両名が、組合以外の場でこの和解の進行を阻止しようとした行為は、たとえ個人としての立場とはいえ、原告両名も組合員である以上、組合の秩序統制を乱す虞れのあるものである。要するに、組合の方針に反対する組合員は一次的には組合内部で自らの意図の実現を目指すべきもので、原告両名としては、先ず組合執行部ないしは事故共済部に対し和解反対の意見を表明開陳する等組合や事故共済部の内部において、そのための努力をすべきものであつた。しかし、前記原告両名本人尋問の結果によると、原告権田が前記事故共済委員会において和解に反対した事実は認められるが、それ以上に原告両名が組合内部においてそのための手段を尽した形跡は窺えないばかりか、それ迄原告両名が理事の選任決議について疑義を表明したことは全くなかつたにも拘らず、唐突にも理事選任の決議が不公正であつて無効であるとして前記訴を提起したものである。しかも、訴状に記載の請求原因事実についてはこれを首肯すべき証拠もないのであつて、その真実性も疑わしく、そのことは、事実関係の把握が充分でなかつた原告らが前記双方間に争いのないように訴提起後二ケ月余でこれを取下げたことからも窺われるところである。

2  たしかに、訴を提起し裁判をうけることは憲法上の権利であり、裁判による法律的救済は何人にも保障されなければならないのであるが、事実の問題としてこれにより被告とされた相手方に相当の経済的あるいは精神的負担を与え、ときとしては混乱をもたらすことのあることも否定できないのであり、場合によつてはそのこと自体が不法行為を構成することもあるのであるから、訴の提起に際しては、当然のことながら事実関係を充分に調査検討のうえ、それが紛争解決の手段方法として相当であることを確認し、特に団体内部における紛議については、団体内に及ぼす影響についても充分配慮のうえ訴を提起すべきものである。このように考えると、原告両名の前記訴訟の提起については、事前の調査検討も不充分であり、また和解阻止という原告両名の意図を実現する手段としても相当性を欠くものであつたといわざるをえない。

3  これに対し、被告代表者本人尋問の結果によると、被告は右訴訟に応訴するため弁護士に訴訟を委任し、その費用として金一〇万九、〇〇〇円を出費した他、訴訟追行のための準備を余儀なくされ、また富田岩吉の和解も被告の事故共済事業の一環としてすすめていたが、この訴訟も一つの契機となつて一頓挫し(結局は成立したが)、またこの訴訟の係属が組合員や監督官庁にも知れたことから、組合員の間に執行部に対する不信の念や動揺がみられたうえ、右官庁から事情を聴取され代表理事が数度にわたつてその説明にあたつた事実がそれぞれ認められる。

4  しかるところ、被告はその主張のとおり、いわゆる任意団体であつてその加入脱退は自由であり、これに加入しなければ個人タクシー営業ができないというものではなく、被告代表者本人尋問の結果によると、現に名古屋市内ではいずれの組合にも加入しないで個人タクシー営業をしているものもあることが認められることからすれば、本件除名の当否を審査するにあたつてもその要件をしかく厳しく判定する必要はないというべきであり、さらに中小企業協同組合法による組合は、相互扶助の精神に基づき協同して事業を推進しようとする組織であることからして、被告定款の「組合の事業を妨げる」行為というのも、直接に組合事業を妨げる行為だけではなく、間接的にこれを妨害する行為も含むと解するのが相当である。ただ事情としては、原告両名が除名されると持分の払戻しを半分に減じられ(定款一四条)、組合に剰余金がでた場合の分配請求権を失うという不利益をうけることになる事実も考慮に入れねばならないところである。

そこで、前記認定事実に立ち、右の観点を踏まえて考えると、原告両名の訴の提起によつて被告の事業に与えた前記3の影響や結果は、被告組合の事業の円滑な運営を妨げたものと評価しうるものであり、これは定款一三条三号に該当するというべきである。従つて、被告がこれを理由に原告両名を除名した決議は正当である。また原告権田の権利濫用の主張は理由がない。ただ、被告は原告両名の右所為は定款一三条五号にも該ると主張するが、右条項は組合員自身が犯罪その他社会的信用を失う行為をすることにより、組合員としてふさわしくない情況となり、組合員としてとどめることがその規律や秩序の点から適当でない場合を指すものであり、右訴の提起が直ちに原告両名個人の社会的信用を失わせる程破れん恥な行為であると言うことはできないから、この点の被告の主張は採用できない。

四右のとおりであるから、その余の除名理由の当否についての判断を省略し、次に被告組合における原告両名に対する除名手続の適法性について考える。

被告の抗弁二の3(一)の事実は双方間に争いがないところ、組合法によれば、中小企業協同組合においては総代会は総会に代る意思決定機関として組合員の除名についても決議する権限を有するものと規定しており、被告定款の規定ではこの点が必らずしも明確でないが、右法の趣旨に照し、被告定款の解釈としても総代会の決議をもつて組合員の除名をなしうると解するのが相当である。そして、本件全証拠によつても、原告両名が主張するように右除名決議を違法ならしめるような不当な総代会の運営がなされたとか、被告事故共済部の経理の不正を隠ぺいするために右決議がなされたとかの事実を認めることはできず、却つて、証人水野裕之の証言、〈証拠〉によると、被除名者である原告両名に事前通告し、昭和五二年五月二四日の総代会において、法規に従つて原告両名に対し弁明の機会を与えたうえ、適法に決議のなされたことが認められるところである。

五以上認定のとおり原告両名を被告から除名する旨の本件決議は適法有効であるから、この点の原告両名の主張は肯認できず、従つて、除名決議の不当あるいは無効を前提とする原告両名の損害賠償請求もその内容に立入るまでもなく理由がないというべきである。

よつて、原告両名の請求をいずれも失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。 (宮本増)

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